東京高等裁判所 昭和33年(う)414号 判決
被告人 栗原鉄之助
〔抄 録〕
被告人は、所論のごとく、本件犯行当日勤め先の愛宕鉱業株式会社社長北爪治男に対し被告人がさきに科せられた傷害罪の罰金納付に必要な金五千円の借用方を申し込み断られた事実があり、これがため被告人は暗い気持のうちに、当日お恵比須様の祭典で事業所が早仕舞となり、土地の風習で従業員に酒が出されたため自己の酒量を超える酒五合位を飲み更に同僚星野英一と共に祭見物のため桐生市内に来り、飲食店で二人でビール三本位を飲んだのであるが、その頃被告人は右星野に対し共に前記社長の家に赴くべきことを誘つたところ同人の賛同が得られぬまま同人と別れたが、その後の行動については記憶が判然とせず、ただ右飲食店を出てから不良に殴られ、復讐のため本件くり小刀を買い、これを持つて不良を探し歩いた末或る家へ水を飲みに入つたこと、それから小刀を抜いて畳につきさしたこと、誰かが来てその人達とゴタゴタして小刀で切りつけたことなどを記憶するのみであること、及び被害者小島茂樹方と前記北爪治男方とは共に桐生市内の神社わきの薄暗いところに建つている同じような建物であること、被告人は右小島方に侵入した際同人に対し別のおやじを出せなどと云つていたことなどが窺われ、以上の事実に徴すれば、被告人は当日大量に飲酒し、酩酊の末意識朦朧として右小島茂樹方を前記北爪治男方と誤認して侵入し、かつ衝動の赴くままに行動したものというべく、被告人は本件犯行当時まさに心神耗弱の状態にあつたものと認むべきであるから、原判決がこの点に関する弁護人の主張を排斥したのは事実を誤認したものといわなければならない。しこうして、この誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかなところであるから、原判決は爾余の論旨につき判断をなすまでもなく、すでにこの点において破棄を免れない。
(坂井 山本 荒川)